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2026/03/05

駆逐艦村雨:戦没日(1943)

 1943年3月5日午後9時30分から10時30分まで駆逐艦2隻(村雨、峯雲)はコロンバンガラ島クラ湾での補給を実施[123][124]。帰途は西側の水道をつかわず北上してショートランド泊地へむかう航路をとった[125]。ところが2隻の行動はアメリカ軍に通報されていた。当時の天候は薄曇り、月齢28、視界15km程、風もない静かな夜であったという[121]。  速力20ノットで航行する米艦隊は22時57分(日本時間と約1時間ずれている)にレーダーで目標を探知、23時01分に射撃を開始した[126][128]。レーダーのない2隻(村雨、峯雲)は米艦隊の存在に全く気付いておらず、砲撃を受けた当初は夜間空襲と判断していた[123][129][121]。種子島洋二駆逐艦長は、当初『対空戦闘』を下令[121]。つづいて敵艦隊と悟り「右砲戦、右80度、反航する敵艦に射撃開始」を命令したものの、まず峯雲が被弾炎上し、続いて村雨も主砲や機関部を破壊され航行不能に陥った[130]。まもなく村雨は艦尾から沈没した[131]。村雨を沈めたのは巡洋艦3隻の砲撃であった[128]。