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1945年(昭和20年)1月24日早朝、「時雨」以下ヒ87A船団はタイランド湾・マレー半島東岸を速力12ノットで航行していた[470]。船団は「さわらく丸」を中心に、「さわらく丸」前方1.5kmに旗艦「干珠」、さわらく丸左舷(右舷)1.5kmに時雨(三宅)、さわらく丸後方1.5kmに海防艦13号が配置されていた。 午前7時前、水深60m、風速4m、波浪小、雲量10、視界3000m、気温28度という条件で「時雨」は左舷4460mに電探反応を認める[472]。まず船団に潜水艦警報を出そうとしたが電話は通じず、『本艦電探射撃照明射撃施設完備相當ノ練度アリテ自信アリタリ』という時雨は電探射撃を実行すべく、『肉眼で確認した敵潜水艦』を目標として7時3分に面舵転舵[473]。 7時4分、「時雨」は左30度に魚雷を発見して面舵回避を開始、この魚雷は艦尾をかすめたという[478]。1分後、4本確認された魚雷のうち魚雷1本が左舷後部に命中した[479]。急激に傾斜した為、ただちに総員上甲板が下令された[480]。 7時10分総員退去、艦中央部で前後に分断された「時雨」は7時15分に沈没した[481]。 沈没地点北緯06度00分 東経103度45分[485]。戦死者は准士官以上2名(内1名便乗者)・下士官兵36名、重傷者は下士官兵8名、軽傷者は下士官兵9名[486]。