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2024/05/10

駆逐艦島風:竣工日(1943)

 1941年(昭和16年)8月8日、舞鶴海軍工廠で起工。 1942年(昭和17年)5月15日、第125号艦を島風(シマカゼ)と命名[20]。艦艇類別等級別表に(艦型なし)島風として登録される[37]。なお同日附で阿賀野型軽巡洋艦能代[38]、秋月型駆逐艦5番艦新月も命名されている[20]。 当時の舞鶴海軍工廠は、秋月型駆逐艦2隻(秋月、初月)や夕雲型駆逐艦4隻(巻波、340号艦早波、341号艦浜波、342号艦沖波)の建造[39][40]、軽巡4隻(那珂、名取、天龍、龍田)や駆逐艦複数隻(薄雲、大潮、霞、不知火、初春)等の修理整備工事を抱えており[41]、島風の建造もその中でおこなわれた。 島風は7月18日に進水した[42]。同日附で呉鎮守府籍[43]。  1943年(昭和18年)3月20日附で、広瀬弘中佐(駆逐艦春雨艦長等を歴任、朝潮型駆逐艦2番艦大潮沈没時の駆逐艦長。3月15日附で同艦駆逐艦長免職[44])が島風の艤装員長に任命された[45]。 4月に各種の試験をおこなったが、巡航機械に不具合がみつかり、竣工予定日を延期した[46]。島風は5月10日に竣工、海軍に引き渡された[47]。