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2026/03/04

駆逐艦時津風:戦没日(1943)

 1943年(昭和18年)3月3日、ダンピール海峡において輸送船団および時津風以下護衛艦隊はアメリカ軍機およびオーストラリア軍機の空襲を受けた。護衛の零式艦上戦闘機(空母瑞鳳派遣部隊を含む)はB-17を迎撃しようとしたところ連合軍護衛戦闘機群との空戦に巻き込まれた。8時9分頃、時津風の機械室右舷に爆弾(16駆側は魚雷と誤認)が命中し浸水となり、時津風は航行不能となった[77][78]。時津風の乗組員および安達中将以下陸軍将兵を姉妹艦雪風に収容された[79]。その後、時津風はキングストン弁を開いての自沈処置がとられたという[80]。  ところが自沈処理が行われたはずの時津風は沈没しておらず、翌日にクレチン岬南東方向タミ島の143度50浬を漂流中の時津風を日本軍が発見[77]。時津風艦内に将来使用予定の暗号書がある事が問題になる[85]。アメリカ軍に鹵獲されぬよう零戦14機と九九式艦上爆撃機9機が出撃、九九艦爆が爆撃を行うが撃沈できなかった(南東方面艦隊の報告では艦尾に爆弾1命中、左舷に至近弾1)[77][86]。アメリカ側の記録によると、同日午後に第五空軍所属の爆撃機が漂流する時津風を攻撃、撃沈した[87]。