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2025/11/12 16:50~2025/11/12 18:35

生物科学セミナー 第1529回/Biological Science Seminar 第1529回

動物媒花は、花粉を運ぶ動物すなわちポリネーターとの相互作用を通じ、多様な形質を進化させてきた。こうした観点から花の進化を探る研究では「花は複数のポリネーターに同時には適応できない」というトレードオフの前提に基づき、花の進化は特定のポリネーターへの適応つまり特殊化へ向かう、と考えることが多い。実際、特定のポリネーターへの適応を想起させる形質の組合せをもつ花は自然界に多くみられ、送粉シンドロームと呼ばれている。しかし近年の研究で、こうした花にも実際には多種多様な動物が訪れ、しばしば送粉に貢献していることがわかってきた。複数のポリネーターに送粉をまかせる花では、繁殖失敗のリスクは減るかもしれない。しかし一方で、異なるポリネーターの行動や形態が引き起こすトレードオフによって、花の適応度はかえって低下してしまうのではないか?さらに、異なるポリネーターによる拮抗的な淘汰圧の下で、シンドロームのような特徴的な形質の組合せが維持されているのは、いったいどのようなしくみによるのだろう? これらの疑問への答えは、まだ十分に得られていない。 大橋ら(2021)は、分断淘汰をもたらすほどの強いトレードオフが、特定のポリネーターが独占的に訪れる花でしか報告されていない事実をヒントに、花はトレードオフを進化的に緩和することによって異なるポリネーターに同時に適応できる、という仮説を提唱した。本セミナーでは、この「トレードオフ緩和」という視点から、広範な分類群の花でみられる花色変化、密集花序、夕方開花といった表現型収斂が、特定のポリネーターへの適応的特殊化ではなく、特定のポリネーター群集への同時適応、つまり適応的一般化の結果として進化した「シンドローム」である可能性を示す。さらに、一見すると特定のポリネーターに特殊化しているように見える花であっても、副次的なポリネーターがしばしば訪れているという観察事実から、すべての動物媒花は、種数が異なるポリネーター群集に対する同時適応の産物とみなせる可能性を指摘する。そして最後に、こうした考えに基づき、送粉シンドロームのような表現型収斂は、(1)主要なポリネーターによる貢献の質や量を「改善する」形質、(2)相対的に効率の低いポリネーターを「排除する」形質、(3)同時に利用するポリネーター間のトレードオフが緩和されるように形質と適応度の関係を「修飾する」形質、という3種類の機能形質の、特定のポリネーター群集に対する最適な組合せとして進化し、維持されているのではないか、という新たな仮説を提唱する。参考文献Ohashi, K., Jürgens, A., and Thomson, J. D. (2021) Trade‐off mitigation: a conceptual framework for understanding floral adaptation in multispecies interactions. Biological Reviews 96: 2258-2280.

📍 理学部2号館223号室及びZoom