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SUMMARY:駆逐艦叢雲：竣工日(1929)
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DESCRIPTION:　1927年（昭和2年）4月26日、建造予定の一等駆
 逐艦4隻に、それぞれ「第36号駆逐艦（のちの白雪）」[8
 ]、「第38号（〃深雪）」、「第39号（〃叢雲）」、「第
 44号（〃浦波）」の艦名が与えられた[9][10][6]。 「第39
 号駆逐艦」は藤永田造船所で、同年4月25日（正式命名
 の前日）起工[11]。 1928年（昭和3年）8月1日附で「第39号
 駆逐艦」は「叢雲」と改名された[1][12]。 同年9月27日進
 水[13]。 10月20日、日本海軍は砲艦「嵯峨」艦長柳原信
 男中佐を叢雲艤装員長に任命する(後任の嵯峨艦長は熊
 澤桝蔵中佐《当時、潜水母艦迅鯨副長》)[14]。 11月3日
 、藤永田造船所に叢雲艤装員事務所を設置する[15]。\n19
 29年（昭和4年）5月10日、本艦は竣工[11][16]。柳原信男中
 佐（叢雲艦長）、有田雄三大尉（叢雲水雷長）[注釈 1]
 、小倉藤三郎大尉（叢雲砲術長）、室田勇次郎（叢雲
 航海長）[注釈 2]、高橋伊三次機関大尉（叢雲機関長）[
 17]。 同日附で艤装員事務所を撤去[18]。第二艦隊・第二
 水雷戦隊・第12駆逐隊（駆逐隊司令有地十五郎大佐）[19
 ]に編入され、同隊は定数4隻（東雲、薄雲、白雲、叢雲
 ）を揃えた[20]。 
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