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2025/10/05 07:00~2025/10/06 07:00

駆逐艦夕雲:戦没日(1943)

 1943年(昭和18年)1月、第10駆逐隊は吉村司令のもとでガダルカナル島からの撤退作戦に参加した(ケ号作戦)。整備と訓練の後に北方に向かい、幌筵島に到着した6月13日付で第一水雷戦隊(司令官木村昌福少将・海兵41期、旗艦阿武隈)に加勢する[69]。 9月20日、「夕雲」は第三水雷戦隊(司令官伊集院松治大佐・海兵43期)の指揮下に入り[72]、ニュージョージア島の戦いに加わった。本艦は間もなくニュージョージア島の戦いにおける、コロンバンガラ島からの撤退作戦「セ号作戦」に参加した[76]。10月6日未明にラバウルを出撃し、ブーゲンビル島南方海域で欺瞞航路をとった後、ベララベラ島近海に向かった[78]。  10月6日夜、フランク・R・ウォーカー(英語版)大佐率いる駆逐部隊[79][80]の先制攻撃を受けて第二次ベララベラ海戦が始まった。秋雲《戦隊旗艦》-磯風-風雲-夕雲という四番艦として行動していたが、第42駆逐群の先制攻撃にいち早く応戦し、20時56分に魚雷を発射すると同時に砲撃を開始[82][83]。「夕雲」は第42駆逐群からの集中砲火を一身に浴びて火災が発生した[84]。隊列から脱落した「夕雲」に、21時5分米軍の魚雷が命中、21時10分(戦闘概報では20分)に沈没した[83][78]。駆逐艦長大迫東中佐を初めとして夕雲乗員の大半は戦死(241名)[83]。