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1943年3月2日朝、「村雨、峯雲」はラバウルへ到着[123]。各艦ドラム缶200本、弾薬糧食を上甲板に満載すると4日夕刻ラバウルを出撃した[124][125]。 「村雨、峯雲」は3月5日ブーゲンビル島ショートランド泊地に立ち寄ったのち、午後9時30分から10時30分までコロンバンガラ島クラ湾での補給を実施[126][127]。帰途は西側の水道をつかわず北上してショートランド泊地へむかう航路をとる[128]。だが2隻の行動は米軍に通報されており、PBYカタリナ飛行艇"ブラックキャット"が偵察と哨戒を実施、潜水艦「グレイバック」と「グランパス」がクラ湾出口に配備された[129]。当時の天候は薄曇り、月齢28、視界15km程、風もない静かな夜であったという[124]。 1943年3月5日22時57分(日本時間と約1時間ずれている)、速力20ノットで航行する米艦隊はレーダーで目標を探知、23時01分に射撃を開始した[129][130]。 レーダーのない日本側(村雨、峯雲)は米艦隊の存在に全く気付いておらず、砲撃を受けた当初は夜間空襲と判断していた[131][124]。まず「峯雲」が被弾炎上し、続いて「村雨」も主砲や機関部を破壊され航行不能に陥った[132][133]。コロンバンガラ島の日本軍守備隊は、北東方面での海戦で1隻が大爆発を起こすのを目撃している[124][134][135]。 米軍によれば、「峯雲」を爆沈させたのは駆逐艦「ウォーラー」の魚雷、「村雨」を沈めたのは巡洋艦3隻の砲撃である[130]。