共有されているカレンダーからスケジュールを検索します。ちっくたっくはカレンダーの共有やスケジュールを検索するサービスです
6月22日、呉でB-29の爆撃を受け損傷し、戦死25名を出す。爆弾は缶室に直撃して機械室にも被害を与え、17ノットの速力しか出なくなった[3]。このため、7月15日付で第五十二駆逐隊から外されて特殊警備艦となり、駆逐艦長下田隆夫少佐以下全乗員は「樺」に移動した。艦は呉鎮守府部隊呉防備戦隊に編入されたが、若干の保安員以外は乗員なしのまま終戦を迎えた。 戦後は呉で浮桟橋として使用されていたが、1948年(昭和23年)1月から播磨造船呉ドック(旧呉海軍工廠)で解体に着手、4月20日に解体は完了した。