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1945年4月7日戦没 1945年4月1日に修理は完了し、またそれより前の3月25日付で第十方面艦隊付属となった[1]。五十鈴は即座にティモール島をはじめとするスンダ列島所在の陸軍部隊を撤退させる「二号作戦」に投入された。4月4日に水雷艇雉、掃海艇2隻とともにスラバヤを出撃[2]。途中米英潜水艦に狙われるも無事にティモール島クーパンに入港し第48師団の将兵を収容[3]。4月5日夜にクーパンを離れて帰路についたが4月6日にはオーストラリア空軍による攻撃を受けた[4]。攻撃は2回あり、B-2520機による1回目の攻撃では損害は無かったが、2回目のB-249機による攻撃では至近弾2発により舵が故障した他不発であったものの艦首に爆弾1発が命中した[5]。また、3機を撃墜した[6]。続いて潜水艦による攻撃があり掃海艇一二号が撃沈された。五十鈴はスンバワ島のビマに入港し、そこで第48師団の諸兵を降ろして第46師団を乗せた[7]。 4月7日早朝、ビマを出港した「五十鈴」は米潜水艦「ガビラン」 (USS Gabilan, SS-252) から1本、「チャー」 (USS Charr, SS-328) から3本の魚雷を受け8時46分頃に沈没した。結局、「五十鈴」が対潜掃討に従事することはなかった。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%94%E5%8D%81%E9%88%B4_(%E8%BB%BD%E5%B7%A1%E6%B4%8B%E8%89%A6)